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【救世忍者乱丸】片目の覆面レスラーがプロレスラーになるまでの過酷で壮絶な戦い

投稿日:2017年5月16日 更新日:

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出典:道頓堀プロレス 選手紹介

救世忍者乱丸さんは覆面レスラーとして活躍しTWF世界タック王者となったあと、コミカルプロレスの世界で現在も活躍しています。

3歳の頃に網膜芽細胞腫という目のガンを発症し片目を摘出、それ以来義眼だそうです。

プロレスラーという夢に向かって突き進んだ人生、その人生には数々の苦難、葛藤がありました。

そんな乱丸さんの壮絶な人生をご紹介します。

 

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夢のきっかけ

乱丸さんは大学生になりプロレスを観に行ったことがきっかけで1人の女子プロレスラーのファンになります。

そしてプロレスラーへの憧れも強くなり、次第にプロレスラーになりたいと思い始めました。

もともとは父親の影響もあり、小学4年生の頃から空手をしていたそうで、世界大会にも出場するほどの実力の持ち主だったそうです。

 

片目を理由にオーディション落選

当時大学生だった乱丸さんは年齢制限のないプロレス団体を探しオーディションを受けました。

入団テストは周りがリタイヤしていく中、乱丸さんは一人難なくこなし、本人も合格を確信していたそうです。

しかし片目であることによる視界の狭さ、義眼による頭蓋骨骨折のリスクなどを懸念され落選してしまいました。

諦めきれなかった乱丸さんは手紙を書き、プロレス団体に直接持って行ったりしたそうなのですが、やはり言われることは同じだったそうです。

最後に落選したプロレス団体の試合を見せてもらったらしいのですが、目の前にあるのに手の届かないリング、そしてこみ上げる悔しさで最後まで試合を見れなかったそうです。

その日は「頑張って努力しても夢なんて叶わない」と絶望したそうです。

 

ついに入団! 夢への第一歩

その後諦めずにオーディションを受け続けた結果、見事合格しました。

まだ大学生だった乱丸さんは卒業後入団というかたちで、その間はアニマル浜口さんのプロレスラー養成ジムに通っていたそうです。

そんな中、憧れていたプロレスラーが所属していたプロレス団体が倒産、入団条件の年齢制限がなくなったので、入団が決まっていたプロレス団体を断りオーディションを受けに行ったそうです。

そして見事合格し入団することができました!

 

プロレス団体に入団することはできたが、その日々は壮絶だった

プロレス業界の下積みはかなり大変だったようで、雑用などそのほか理不尽なことも多く、覆面レスラーなのに素顔でリングへ上がらされたり、坊主にされたりと壮絶な日々を送っていました。

ほかの新人レスラーが辞めていく中、一人で雑用をこなせなかったことなどもあり、とうとうプロレス団体を退団してしまいました。

 

後悔の中、一本の電話が…救世忍者乱丸の誕生!

憧れていたプロレス業界、自分から身を引いたもののすごく後悔していたそうです。

プロレス業界を辞め乱丸さんは家業を手伝っていました。

そんな中、ある人物から一本の電話が掛かってきました…。

「うちでやらない?」

そんな電話をかけてきてくれたのはジャガー横田さんでした。

ジャガー横田さんは片目のレスラーがいる! と乱丸さんがプロレス団体に入団した時から、乱丸さんの存在を知っていたそうです。

 

出典:義眼の女子プロレスラー“笑顔の忍術”/オピニオンD/photo/デイリースポーツ online

そして吉本女子プロレスJd′(現在はすでに解散しているプロレス団体)に入団し、ジャガー横田さんの提案で忍者というキャラが生まれ救世忍者乱丸が誕生しました。

そして再デビューし数々の活躍を重ねた乱丸さんは、2004年には見事TWF世界タック王者になります。

 

フリーランスとして活動し始めるもさらなる苦難が襲いかかる

TWF世界タック王者になったあと、2005年にはプロレス団体を退団しフリーランスになりました。

フリーランスになってからも海外への遠征、舞台など様々な活躍を見せる乱丸さんでしたが急速進行性糸球体腎炎という腎臓病を患ってしまいます。

夢を掴み波に乗っていた矢先に襲いかかってきた病、復帰は絶望と言われていたそうです。

 

病気をも屈服させる言葉の力

当時の乱丸さんは知らなかったそうですが病気の発見がかなり遅かったようで、すでに致命的な状態だったそうです。

そんな中お見舞いに来てくれていたジャガー横田さんの旦那さん、木下博勝さんがこんな言葉をかけてくれたそうです。

「時間はかかるけどすぐに治るよ」

その言葉に乱丸さんは気持ちが軽くなったそうです。

すると次第に病状も回復していき見事復帰を果たすことができました。

 

プロレス業界へ復帰

ジャガー横田さんとライオネス飛鳥さんプロデュースの元、見事復帰を果たした乱丸さん、現在はコミカルプロレスラーとして活躍し、自主興行「乱丸フェスタ」を開催したりもしています。

 

まとめ

諦めずに頑張りようやく入ったプロレス業界ですがかなり大変だったようですね。

一度は退団してしまうも、またチャンス巡ってきたのは乱丸さんがプロレス入団のために諦めずに努力していたからこそだと思います。

「諦めが肝心」という言葉もありますが、わたしはこの話を聞いて諦めない大切さを感じました。

 

せっかく入団できたのに辞めちゃうなんてプロレス業界も大変なんだにゃ

 

おしまい。

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