わかなのプロフィール

こんにちは、わかなです!

現在27歳のトランスジェンダー、MtFです。

過去の経歴

  • 中学生→性別違和に気づく
  • 高校生→トランスジェンダーとカミングアウト
  • 18歳(2011年4月13日)→ホルモン投与開始
  • 19歳(2012年2月)→睾丸摘出
  • 19歳(2012年10月29日)→戸籍の名前変更
  • 20歳(2013年1月)→声を高くする(失敗)
  • 26歳(2019年1月4日)→性転換
  • 27歳(2020年1月31日)→戸籍の性別変更

当事者の方は自分と同じ方がどう生きてきたのか気になる方も多いと思います。

そこでMtF当事者であるわたしの自分史についても話していきます。

興味ない方は次の項目へスキップしてください。

幼稚園時代

幼稚園時代には、すでに性同一性障害の片鱗がありました。

この頃からセーラームーン、おままごと、リカちゃん人形と、女の子が好む遊びが好きでした。

化粧や女の子の服にも興味があったのか、スカートもよく履いていたようです。

4歳の頃に体操を習い始めたのですが、自己紹介をする場面で自分の一人称をどうすればいいのかすごく悩んでいました。

周りの男の子たちが「ぼく」と発言していたので、わたしもマネして「ぼく」と発言したところ、なぜか笑いが起きてしまいます。

当時のわたしにとって勇気を振り絞った行為だったのですが、笑われてしまったことにより、この時から一人称を言うのがトラウマになってしまいました。

わかな
わかな

ちなみにこの時から高校を卒業するまでの間、笑われるのが怖くて一人称を使うことができませんでした。

髪の毛を切られるのが大嫌いでしたし、趣味の傾向的にもこの頃から性の性自認は女性だったと思います。

性自認とは
男性・女性など、自分が認識しているのこと。
心の性とも言います。

小学生時代

小学生の頃はいろんな要因が重なり、なよなよした性格が形成された時期ともいえます。

低学年の時は折り紙と絵を描くことにハマり、よく友だちと折り紙を折ったり、教科書に落書きしたりしていました。

3年生の時に転校してからは折り紙をしなくなりましたが、当時、流行っていた遊戯王というカードゲームで遊び始めます。

その後、遊戯王カードは一度辞めてしまいましたが、22歳の頃に再開してからはドはまりしています。

わかな
わかな

遊戯王ブログもやっているのでよかったらチェックしてみてください

参考 カガミドリ-遊戯王ブログ-

一人称のトラウマ以降、学校を転向した頃には性格もすっかりおとなしくなっていました。

遊戯王カードでは「ハーピィ・レディ」という女性モンスターを好んで使っていたこともあり、いじめられていた時期もあります。

この時期は学校に行くのが本当に嫌で、親には学校に行ったふりをして何度もズル休みをしていました。

この出来事で、なよなよした性格に拍車がかかりました。

高学年になるといつの間にかいじめもなくなり、楽しい学生生活を送ることができました。

中学生時代

中学生になると性別を意識する場面が多くなり、自分の性別に違和感を感じ始めました。

性同一性障害と自覚するようになったのはこの時からです。

性別を意識する場面が多くなったことにより、制服や体育の授業など様々なことが嫌になり、学校をさぼることが多くなりました。

2、3年生ではクラスの男子の面白さを採点する人という謎の立ち位置にいたので楽しく過ごすことができました。

この頃からアーティストや漫画家など、夢や希望を与えられる職業が輝かしく思い。漫画家になりたいと思い始めます。

高校生時代

高校生は漫画家になるため美術系の高校に進学しました。

2年生の時に初めて好きな人ができ、夏休みも冬休みもいらないと思うくらい学校に行くのが本当に楽しかったのを覚えています。

そして親友と呼べるくらいなんでも打ち明けられる友だちができました。

自分がトランスジェンダーであることを初めてカミングアウトしたのもこの頃です。

3年生になった頃、その友だちが精神的に苦しみ凄く悩んでいた時期がありました。

わたしは話を聞くことしかできず、自分の無力さを実感しました。

この出来事があり、この頃から漫画家より心理カウンセラーになりたいと思い始めます。

トランスジェンダー時代

高校卒業後は大学に合格しました。

しかし性転換など、先にやりたくてお金のかかることがあり、大学に行くかは悩んでいました。

ギリギリまで考えた結果、入学式直前に入学を辞退しフリーターとして社会に進出します。

大学には行かなかったものの、大学から近いという理由でおばあちゃん家に引っ越してしまっていたので、おばあちゃんとの共同生活も始まりました。

バイト先では仲良くなった友だちの中には、わたしが性同一性障害であることに気づいてくれた人もいました。

その人が背中を押してくれたことで、この頃から女性としての生活が始まります。

社会人になり母親にもカミングアウトすることができたので、女性ホルモンの投与もこの頃から始めることができました。

時代の流れもあり職場では周りの方たちも受け入れてくれ、とても働きやすい環境でした。

環境にはとても恵まれていたのですが、「男だったの?」と聞く人がいたり、外では「オカマ」と指をさされたりすることもありました。

当時、傷つきやすかったわたしはすぐに泣いてばかりいました。

一緒に住んでいたおばあちゃんとも、性同一性障害のわたしを受け入れきれず関係がギクシャクし始めます。

様々なストレスが掛かり、日常的にそのストレスを処理しきれなくなったわたしは、過食を繰り返すようになりました。

少しでもストレスから解放されようと、半年後にはおばあちゃん家を出て一人暮らしを始めました。

一人暮らしを始めて睾丸摘出手術のことを知ったわたしは、19歳の誕生日を期に睾丸摘出手術を受けました。

女性として認識されることも多くなり、次は声にコンプレックスを感じ始めます。

動画での女声の練習、女声の発声のためのDVDの購入、声専門の病院への通院など、自分の声を変えるために約30万ほどのお金をつぎ込みましたが声を変えることはできませんでした。

どうしても声に対してのコンプレックスを解消しきれなかったわたしは、諦めきれずに20歳の時にタイで声を高くする手術を受けました。

しかしこの手術もうまくいかず失敗に終わります。

ショーダンサー時代

声を高くする手術は失敗してしまいましたが、そのおかげか少し自分を受け入れることができました。

少し考え方も変わり、2年半働いていた職場を辞め、どうせなら綺麗になりたいとニューハーフのショーハウスで働き始めます。

心理カウンセラーになりたいという夢はありましたが、性転換など自分の身体を先に変えてから望みたいと思い、夢を追いかけるのは中断しました。

ショーハウスで働き始めて1年がたった頃、少しでも女性らしい身体つきになりたいと豊胸手術を受けました。

2017年1月には少しでもわたしと同じトランスジェンダーの方たちの力になれたらと思い、当ブログ「ねこあしふみふみ」を始めました。

2019年1月には性同一性障害として最後の手術、性転換手術を受けました。

そして女性化手術に区切りがついたわたしは、心理カウンセラーの夢を再び追いかけ始めます。

しかし受験に失敗し心理カウンセラーという夢に違和感を感じてしまったわたしは、夢を追いかけるのを止めてしましました。

現在は文章を稼げるようになるため、このブログを含む2つのブログを運営中です。

ブログのコンセプト

主にセクシャルマイノリティを中心に取り扱う雑記ブログです。

以下のことを中心に記事を書いています。

  • 女性化にむけて(ホルモン投与や性転換手術など)
  • セクシャルマイノリティについて(用語解説や恋愛体験談など)

人生の記録や猫のことなどマイノリティと関係のないことも書くこともありますが、当事者の方なら気になる内容も多いと思うのでよかったらチェックしてみてください。

わたしのこと

最後にわたしについての情報も載せておきます。

  • ブログ、遊戯王カード、映画が趣味。
  • お尻がチャームポイント。
  • ロッチのコカドさんに似てるって言われます。
  • 「知らんけど」が口癖です。
  • ハマった物事にはとことんまで熱中できるのが長所。
  • 熱しやすく冷めやすい完璧主義者なところが短所。
  • のんびりでマイペースな性格。
  • 堀北真希さん、有村架純さん、山田孝之さんが好きです。
  • 音楽は幅広く聴きますが、一番はAqua Timezです。
  • 特に「決意の朝に」という曲が好き。
  • 好きな言葉は「笑う門には福来る」
  • 映画は「トイストーリー」「時をかける少女」「バタフライ・エフェクト」
  • 緑、水色が好き。
  • 大好物は海老